になってしまって居る。
 栄蔵は、汽車を乗[#「乗」に「(ママ)」の注記]りるとすぐから、うっかり傍見も出来ない様な、気ぜわしい、塵っぽい気持になった。
 ぐずぐずして居ると突飛ばされる、早い足なみの人波に押されて広場へ出ると、首をひょいとかたむけて、栄蔵の顔をのぞき込みながら、揉手をして勧める車夫の車に一銭も値切らずに乗った。
 法外な値だとは知りながら、すっかり勝手の違った東京の中央で、大きな迷子になる事も辛かったし、十銭二十銭の事に、けちけちする様に思われたくないと云う身柄にない見えもあった。
 広い通りや、狭い通りを抜けて、走る電車の前を突切る早業に、魂をひやしてお金の家へついたのは、もう日暮れに近かった。
 格子の前で、かすかに震える手から車夫にはらってから、とげとげした声で、
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 御免
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と云った。
 内から首を出したのは、思い通りお金であった。
 栄蔵は一寸まごついた様に、古ぼけた茶の中折れを頭からつまみ下した。
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「おやまあ、これはこれは御珍らしい。
 さあ、どうぞ、お上んなすって。
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