拭くと、左の手でグイと押しやって、そのまんま燈《あか》りの真下へ、ゴロンと仰向になった。
非常に目が疲労すると、まぼしかるべきランプの光線さえ、さほどに感じない様になるのだ。
黒い眼鏡の下に、一日一日と盲いて行く眼をつぶって気抜けのした様な、何も彼にも頭にない様な顔をして居た。
なげ出した顔をお節の方から見ると、明らかに骸骨の形に見えた。
非常に頬骨が高い性《たち》の所へ大きな黒眼鏡をかけて居るのでそれが丁度「うつろ《洞》」になった眼窩の様に、歯を損じた口のあたりは、ゲッソリ、すぼけて見える。
お節は、つぎものの手を止《と》めて、影の薄い夫の姿を見入った。
地の見える様な頭にも、昔は、左から分けた厚《あつ》い黒々とした髪があったし、顔も油が多く、柔い白さを持って居た。栄蔵の昔の姿を思い浮べると一緒に、小ざっぱりとした着物に、元結の弾け弾けした、銀杏返しにして朝化粧を欠かさなかった、若い、望のある自分も見えて来た。
無意識に手をのばして、自分の小さい櫛巻にさわった時、とり返しのつかぬ、昔の若さをしたう涙が、とめ途もなくこぼれた。
涙に思い出は流れて、目の前には、不具な夫の
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