方がよいようでございますから。
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と云って、主婦を驚ろかした。
 骨盤結核だと聞いた主婦は、もう大方は限りある命になってしまったお君にひどく同情したが、肺結核より骨盤結核の方がいいそうだなどと云うほど無智な父親を又なく哀れに思った。
 お君だって、命にかかわるほどではないと、ああ云う女だから思って居るに違いないし、父親は父親で娘の病が、どう云うものかと云う事を知らずに居ると云う事が、又とない悲惨な事、惨酷な事に思えた。
 江戸っ子気の、他人のために女ながら出来るだけつくす主義の主婦は、自分に出来るだけの事は仕てやる気になって、とかく渋り勝ちな栄蔵の話に、言葉を足し足しして委細の事を云わせた。
 結局は、栄蔵の顔を見た瞬間に直覚した通り金の融通で、毎月十円ずつ出してくれと云った。
 凡そ一年も出してもらえたらと栄蔵は云ったけれ共病気の性をよくしって居る主婦は、とうていそれだけの間になおらない事を知って居たし、沢山の子供の学費、食客の扶助などで、中々入るから熟考した上での返事がいいと思って、又明日来てくれれば返事を仕様と云った。

 夕食頃に、川窪の主人が帰ると、栄蔵の話をした。
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「お君だって、あんな不義理な事をした事は何と云ったって悪いには違いありませんけど、病気で難渋して居るのを助けてやるのは又別ですからね。
 親父だって、ああやって働けもしないで居るんだもの、どんなに気が気でないか知れやしませんよ、可哀そうな。
 でも月々十円は中々苦しい。
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 夫婦は相談して、とにかく一月分だけは明日渡して、栄蔵の村の者へ貸してあるものがあるから、あれを戻す様に尽力してもらって、入ったものの中から出した方が相方都合がいいときめた。
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「ああ云う病気は殆んど一生の病気なんですからねえ。
 それをあの男は胸につくよりはいいなどと云って居るんですもの。
 ほんとうにお君も惨めなりゃ、あの男だって可哀そうじゃあありませんか。
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 田舎医者位、病気についての智識のある主婦は、いろいろ気を揉んで、どんな人にかかって居るのだろうとか、細まごました注意は姑などでとどくものではないなどと云って居た。
 お君が居た頃から今に居る女中は、
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「お嫁に行ってもろくな事はございませんねえ。
 お君さんがそんななんでございますか、まあ死ぬんでございますか奥様。
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と、如何にも、思いがけない事があるもんだと云う様な顔をして居た。
 終いには、
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「兎に角、時候が悪いんだねえ一体に。
 お前方も、手や足を汚くして爪を生やして居るとあんな大した事になって仕舞うよ。
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と、始終土間に下りて居る男の子達に注意したりして、床につく頃には、皆の頭の中にはお君の病気と云う事が僅かばかりこびりついて居るだけだった。

 又明日訪ねる約束をして栄蔵は幾分か軽い、頼り処の出来た様な気持になって、お君への草花を買うとすぐ家へ帰った。
 一番待ち兼ねて居た様な様子をしてお金は顔を見るなり飛び出した様な声で、
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 どうでしたえ
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と云った。
 中腰になって部屋の角へ、外套だの、ネルの襟巻だのをポンポン落してから、長火鉢の方へよって来た栄蔵はいつもよりは明るい調子で物を云った。
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「まだ何ともきまらん。
 けど、奥はんが大層同情して、けっとどうぞしてやるさかいに又明日|来《き》云うてやった。先の頃の事などパッキリ忘れて会うとくれやはったさかい、ほんに有難かった。
「そうだろうってねえ。
 何しろ月々十円ずつ余分に吐き出さなきゃあならないんだもの。
 いやなのは、私共みたいな貧亡[#「亡」に「(ママ)」の注記]人に限った事っちゃあない。
 何と云っても、金の世の中さ。
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 お金は、川窪なんぞにと云う様に笑った。
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「お前笑うてやが、私が川窪はんへも行かんでお前ばかりにまかいといたら困るやろが、
 ひとが、云いにくい事云うて来てんに笑うもんあらへんやないか。
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 お金が口の中で、何かしきりにブツクサ云って居るのに見向きもしないで、お君の枕元へ行った。
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「お帰り。
 お寒おしたろ。
 又、義母はんが、何か、やな事云うてやな、
 ほんにあかん。
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 栄蔵は、娘の言葉が、胸の中にスーと暖くしみ込んで行く様に感じた。
 新聞を畳んで、栄蔵は買って来た花の鉢をのせた。
 真紅な冬咲きの小さいバラの花が二三輪香りもなく曲った
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