幹について居る。
 お君は、それを天竺から降った花ででもある様に、ためつすがめつながめて賞めた。
 大きな声を出してお君が物を云って居るんで、お金は境の唐紙の所の柱によりかかって、親子の様子を見て居たが、二人が頭をつき合わせて一つ鉢の花を見て居て、自分は斯うやって一人で立って居るのかと思うと極く子供っぽいながら、烈しい、うらやみとねたみが湧いて来た。
 ああやって、あんなしなびた様な花さえ賞めて居るお君が、同じ口で、どれほど自分の陰口をするのか分らないと思うと、半分は自分で意識しなずに、高い声で、
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 親子ほど有難いものはないねえ、
 親のくれたものだと思うと、袂糞でもおがむだろう。
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と云って口の辺をヒクヒクさせた。
「姑」と云う感じが胸一杯になって居た。
 いつもなら、赤くなって、だまり返って居るお君が、力強い後楯がある様に、
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「ほんにそうどっせ、
 袂糞やて父はんのおくれやはったものやと思えば有難う思うでのみますわ。
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と云い返した。
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「そうだろうってさ、
 お前のお父さんは袂糞位が関の山さ。
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と捨白辞をのこして、パッパと隣りへ行ってしまった。
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「あんまりどっせ、
 何ぼ義母はんやかて我慢ならん事云いやはる、ほんに。
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 お君は、真赤になって涙をいかにも口惜しそうにボロボロこぼした。
 栄蔵は、だまって、墨色をした鉢と、火の様な花を見ながら深い思いに沈んだ。
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 何故斯うやって、仲の悪い同志が不思議にはなれられない縁でむすばって居るのだろうか。
 早く、どっちかが死ねば少しはよくなるだろうのにそうもならない。
 自分からして生きたくないのに生きて居なければならないのも何故だろう。
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 世の中が、平ったいものであったら、その突ぱなまで一束飛びに飛んで行って、そこから一思いに、奈落の底へ身でもなげたい様な気持になって居た。
 恭二が良吉より先に帰って来ると、お君は何か涙声でボツボツと只気休めに、養母に頭を押えられて居る力弱い夫に訴えて居た。
 気の置ける夕飯をすますとじきに疲れて居るからと云って栄蔵は床に入ってしまった。
 お君は父親を起すまいと気を配りながら折々隣の気合[#「合」に「(ママ)」の注記]をうかがって、囁く様に恭二に話した。
 川窪で若し断わられたらどうしよう、東京中で川窪外こんな相談に乗ってもらう家がない。
 どうもする事が出来ずに父親が帰りでもしたら又何と云われるか分らない。
 それでなくてさえ、
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「義母はんはこないだも義父はんと云うてでしたえ、
 若しお金をどむする事出けん様やったら私早う戻いて仕舞うた方がええてな。
 義母はんは、若しもの時はそうきめて御出でやはるんえきっと。
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 恭二は、行末の知れて居る様な傾いた実家を思うと、金の無心も出来ず、まして、他の人達のする様にそっと母親の小遣いを曲げてもらうなどと云う事も、母の愛の薄いために此家へ来た位だから到底出来る事ではなかった。
 中に入って板挾みの目に会いながら、じいっと押しつけられて居るより仕様がなかった。
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「そんな事は口の先だけなんだよ。
 何ぼ何だってそんな事が出来るわけのものじゃあないじゃないか、
 大丈夫だよ。
 義母《おっか》さんがよしそう云ったからって、私まで同意すると思うんかい。
「そんな事思わんけど……
 貴方やかて、血を分けた息子はんやあらへんもん、
 なあ。
「そう云えばそれまでだが……
 一っそ二人で追い出されて行くさ、
 それが一番早く『けり』がついていいじゃあないかい。
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 何と云う事はなしに恭二の口から世間の味を噛《か》みしめた人の様な口調でこんな言葉がすべり出た。
 別にお君をこの上なく美くしいとか、利口だとか又は可愛とかは思って居るのではないけれど、恭二の心の中には一種、他の愛情とは異った、静かな、落ついた愛情が萌えて、自分ばかりをたよりにして居る女をかばってやる事は当然自分の尽すべき事の様に考えて居た。
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「自分が居る以上必[#「必」に「(ママ)」の注記]してそんな事はさせない。
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 恭二は、十七八の青年の様に真正直に心に思った。
 実の親子でないので余計お君の云う事ばかりが信じられて、留守の間にあれこれ厭味を云われて、わびしく啜り泣いて居るお君の姿をいじらしく想像したりした。
 けれ共、正直で気の弱い恭二は、お金の仕打があんまりだと思う様な
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