げ終わり]
とうす赤い顔をして返事をするのを見てお君は、そうやって、たのまれてくれるのも夫なればこそ、ああやって頼んでくれるのも親だからこそと、しみじみ嬉しい気持になって居た。
 恭二と栄蔵とは、お君を中にはさんで、両側に、ねそべりながら、田舎の作物の事だの、養蚕の状況などについて話がはずんだ。
 そう云う事に暗い恭二が、熱心に、
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「そうすると、どうなるんです?」
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などと、深く深く問うて来るのを、説明するのが栄蔵には快よかった。
 折々、
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「な父はん、私も。
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などと、自分の病気についての事を云い出したい様にして居たけれ共、栄蔵は、種々な話に紛《まぎ》らして、一寸の間も、否《いや》な話からのがれて居たがった。
 お君にあれこれ云わないでも、もう心の中はその心配で、一杯になって居る。
 一升徳利に二升入らない通りに、栄蔵の心は、これ以上の心配を盛り切れない状態にあった。
 お君を迎えに田舎に行った時に会った栄蔵と今の栄蔵とは、まるで別人の様に、恭二の眼にうつった。
 急にすっかりふけてしまって居る。
 前にもまして陰気に、影がうすく、貧しげである。
 あれから、半年ばかりの間に、どれほどの苦労をしたのかしらんと、恭二は、ぼんやりと、無邪気な、子供が鳥の飛ぶのを驚く様な驚きを持って居た。
 隣の間の夫婦は、こっちに声のもれないほどの低い声で、何やら話し会って居るらしい。折々、
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「フフフフフ
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とか、「いやだねえ」
などと云うお金の声が押しつぶされた様に響いて来た。十二時過まで、何かと喋って居た三人は、足らぬ勝の布団を引っぱり合って寝についた。
 恭二が、じきに、フー、フーといびきをかき始めると、急に、夜の更けたのが知れる様に、妙にあたりがシインとなって仕舞った。
 部屋の工合が違うので、ゴロゴロ寝返りを打ちながらうかうかとさそわれ気味で、出て来は来ても、これからたのみに行って、金策をしてもらうべき人達を、今になって、あたふたとさがさなければならなかった。
 あの人や、この人や、栄蔵と親しくして居るほどの者は、皆が皆、大方はあまり飛び抜けた生活をして居るものもないので、勢い、同情を寄せてくれそうな人々を物色した。
 知人の中には、大門をひかえ、近所の出入りにも車にのり、いつも切れる様な仕立て下しの物ばかりを身につけて居ながら、月末には正玄関から借金取りがキッキとやって来る様な、栄蔵には判断のつきかねる様な、二重にも、三重にも裏打った生活をして居る人が沢山あった。
 書生時代の友人、同郷人、その様なものに金を借りに出かけるほど栄蔵も馬鹿ではなかった。
 散々思い惑うた末、先の内お君が半年ほど世話になって居た、森川の、川窪と云う、先代から面倒を見てもらって居る家へ出かけて見る気になった。
 けれ共、考えて見れば川窪へも行かれた義理ではない。お君が、我儘から辛棒が出来ないで、母親に嘘電報を打たせて、代りも入れないで帰って来てしまった事が、今だに先方の感情を害しては居まいかと云う懸念があった。
 物事の道理をちゃんちゃんとつけて事を定めるそこの主婦が、ふみつけにされた事に対してどう思って居るかと思うと、どうしても、厚かましく、
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 どうぞ、これこれでございますから月々いくらかずつ出して下さいますまいか。
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とは云えない気がした。
 あんな事さえして置かなければ、何も、こうまどわずに有り体に云ってすがられるものをと、下らない事に、先《さき》の気を悪くする様な事をした娘が小憎らしかった。あっちこっち烏路《うろ》ついた最後は、やっぱり川窪をたのむより仕方のない事になった。
 娘に相談する気になって、
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「お君起きてんか?
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と云った。
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「何え、父はん。
「私もな、今つくづく思うて見たんやが、金出してもらうにしろ、どいだけずつ入るんやかはっきり知れんでは、うちあかんさかいお前見つもって見てんか。さっきも、お金が云うてやが、月々二十円ずつ入るやそうやが、ほんまかい。
 若しそんなだったら、もう私の力ではどむならん。
「二十円え?
 母《かあ》はんがそう云っといしたかの。
 そんな事、あるもんどすか、
 十円も、もろうてあればようまっしゃろよ、
 何んも、偉う高えもの食べるやなし、一週間入院する『はらい』さえ出けたらええどすもの。
「そいで、入院するに、どの位入るんや。」
「そやなあ。
 下等の病気[#「気」に「(ママ)」の注記]に入とるのやさかい八九円だっしゃろ、
 いろいろなものを交ぜて。

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