人達は、ほんとに気の毒でさあね。
 会計の方じゃあ、まあ、おとつあんが居なけりゃあと云われるし、取り締りの方では、恭二が年の割りに立てられて居るんだしするから……
[#ここで字下げ終わり]
 良吉は、
[#ここから1字下げ]
「広告はよせよ、
 おい、良《い》い加減にしなきゃあ、兄さんがあてられるぜ。
[#ここで字下げ終わり]
と云いながら、お金に油をさし、いよいよ滑らかになる女房の舌の働きに感心して居た。
 専売局に、朝から晩まで働いて家の暮しを立てて居た。
 今年二十三になる恭二にはまだ独立するだけのものは取れなかった。
 体は弱し、中学を出たきりなので、これぞと云う働きもない男に、そう十分なだけのものをくれる慈善家はこの世智辛い世の中には居ない。
 恭二は静岡の魚問屋の坊ちゃんで、倉の陰で子守相手に「塵かくし」ばかり仕て居たほど気の弱い頭の鉢の開いた様な子だったが十九の年、中学を出ると一緒に、良吉の家へ養子になった。
 良吉の妹が口を利いたので、母親がほんとでありながら、愛されて居なかったので、父親の意志で、恭二は良吉の後継者と云う事になった。
 十九にもなったものを只食わしては置けないと云うので、あらんかぎりの努力をして漸《ようよ》う専売局の極く極く下の皆の取り締りにしてもらったのは、良吉のひどい骨折りであった。
 免職されない代り、目立ってもらうものが増えもしない。
 何をしても要領を得ない様な、飄箪□□[#「□□」に「(二字分空白)」の注記]なので、とげとげしたものの間を滑りまわるには却って捕えどころがなくて無事であった。
 お金が口を酸くして、勝手な熱を吹いて居る間に恭二はいつの間にか隣りの部屋に行ってしまって居た。それに気のついたお金は眉をぴりっとさせて、
[#ここから1字下げ]
「又、隣りに入ってる。
 何ぼ何だって、あんまりだらしがなさすぎる、
 ひまさえあればべたくたしてさ――
[#ここで字下げ終わり]
と云ってプッつり話をやめてしまった。
 良吉は只、ニヤニヤして居る。
 金にきたないくせに「やきもち」まで焼くのかと思うと栄蔵は、憎らしい気持が倍にもなって来た。
 しばらくだまり返って居たお金は、ややしばらく立ってから、真剣にお君の事についての相談をもち出してきた。
 お金は良吉でさえびっくりする様な、明細な小使町[#「町」に「(ママ)」の注記]を、お君のために作って居た。
 いつなおると云うあてもない病人にかかる金の予算はもとより立たないけれ共、月に一週間の入院料、前後のこまこました物入り、薬代などのために、月二十円は余分に入るとお金は云った。
 栄蔵は、身内の事だからそうそう角だった事を云わずに、嫁だと思って、出来るだけの事をしてくれと云った。
[#ここから1字下げ]
「そうですよ、勿論。
 私は何も、一文も出さないと云うのじゃあなし、勘定書を書いて、はいおはらい下さいとも云いやしませんさ。
 けど、私だってよそに来て居るのに、先の様に用立てて居る上に又、あんまりぽんぽん血の様な金をつかっても居られないじゃあありませんかい。
 あれだって、私は一度だって、返して下さいなんて云った事はないじゃあありませんか。
[#ここで字下げ終わり]
 そう云われれば栄蔵の返す言葉がなかった。
 去年の中頃に、お節が長病いをした時、貸りてまだ返さずにある十円ばかりの金の事を云い出されては、口惜しいけれど、それでもとは云われなかった。
 自分が、それを返す余地がないと知って、余計に見込んで苦しめる様な事をするお金も堪らなく憎らしかった。
 話下手な栄蔵は、お金などを云いくるめる舌はとうていないので、否応なしに、お金がやめるまで、じいっとして聞いて居なければならなかった。
 話の一段落がつくと、安息所へ逃げ込む様に栄蔵はお君の傍に行った。
 若い二人は何か、笑いながら話して居た。
 苦労も何もない様にして居る二人を傍に長くなって見て居るうちに、これほど大きなものの父であると云う喜びが、腹の底から湧いたけれ共、自分の貧乏を思うと、出かかった微笑みも消えてしまった。
 恭二の顔をまじまじと見ながら、
[#ここから1字下げ]
「貴方も、この様な足らん女子に病んで居られて、さぞ辛気臭う、おまっしゃろが、
 どうぞ、たのんますさかい、優しゅうしてやって下さい。
 私が目でも見えてどしどし稼《かせ》げたら、何ぞの事も出来るやろが、もう廃人なんやから、お君は、貴方ばかりをたよりにしとるんやさかいなあ。
 此女《これ》も、親子縁が薄うおすのや。
[#ここで字下げ終わり]
と哀願する様にたのんだ。
 チラッとお君の顔を見て、軽い笑を口の端の辺にうかべながら、
[#ここから1字下げ]
「ええ大丈夫です、
 御心配なさらずと。
[#ここで字下
前へ 次へ
全22ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング