病気の経過だの、物入りだのを、輪に輪をかけて話して、仕舞いにはきっと、自分の益《ため》になる方へと落して行った。
栄蔵は、いやな女だと思いながら、我慢してその話をきき終るとすぐ、お君の部屋へつれて行かせた。
すぐ、襖一重の隔たりだのに、何故、始めから此の部屋へ通さないのかと云う様な、つまらない不平まで起って来た。
枕元に座ると、お君はもう何とも云えない気持になって、
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父はん、
よう来とくれはったなあ。
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と云うなり、この半年ほどと云うもの堪え堪えして居た涙を一時にこぼした。
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「どうや、
母はんが偉う案じとる。
わしも、こんなやさかい、来んとよかろう云うたんやけど、行け行け云うたので出て来たんや。
さほどでもあらへんやないか、
やせ目も見えんやないか、なあ。
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病後の様に髭を生やして、黒目鏡をかけた貧しげな父親の前に、お君は、頬や口元に、後れ毛をまといつけながら子供の様に啜泣いて居た。
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ほんによう来とくれやはった、
まっとんたんえ、父はん。
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口下手なお君には、これ以上云えなかった。云いたい事が胸先にグングンこみあげて来は来ても、一|連《つなが》りの言葉には、どうしてもまとまらなかった。
お金への手土産に、栄蔵は少しばかりの真綿と砂糖豆を出した。
こんなしみったれた土産をもらって、又お金は何と云うかと、お君は顔が赤くなる様だったけれ共、何か思う事があると見えて、お金は、軽々振舞って、
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よく見て御出で、
こんなにお君を親切にしてやったのだから。
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と云う様に、頼みもしない髪をかき上げてくれたり、茶を入れてくれたりした。
お君には、それが、いかほどか口惜しかった。
お金が台所へ立ってしまうと、お君は父親をぴったり枕のそばに引きつけて、ボソボソと低い声であらいざらいの事を話して愚痴をこぼしたり、恨みを並べたりした。
毎月一週間ずつ入院して、病のある骨盤に注射をしたり、膿を取ったりしなければならないので、かなりの物が入る。
金ばなれの悪い姑から出してもらう事は、いかにも心苦しいと云った。
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「そらなあ、
お大尽はんやあらへんさかい辛うおまっしゃろとは思っとりますわな。
けど、あんまりどっせ、
わざと私が病んどる様に云うてなはるんやから。三度のものを一度にしても、実家《うち》ほどええとこあらへんと、しみじみ思いまっせ。
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いろいろ下らん事で心配をかけてすまないとか、ほんとに不孝な子を持った因果とあきらめてくれ、などと涙声で云われると、却って栄蔵の方が、云い訳けをしたい様な気持になった。
十円といくらかの銭ほかない貧乏親父をこんなにたよりにして、どうする気なんだろうとも思った。
火ともし頃になって恭二と良吉が局から空弁当を下げて帰るまで枕元に座ったっきり栄蔵はお君のそばをはなれなかった。
良吉は、飯《めし》の時に新らしい魚をつけろの、好い酒を燗しろのと云って居たけれ共、長火鉢の傍にそろった四つの膳は至極淋しいもので「鰤」の照焼に、盛りっきりの豆腐汁があるばかりであった。
小盆の上に「粥《かゆ》」と「梅びしお」といり卵の乗ったお君の食事を見て栄蔵は、あの卵は今日だけなんだろうなどと思った。
良吉は、油っ濃くでくでくに肥って、抜け上った額が熱い汁を吸う度《たん》びに赤くなって行った。
義太夫語りの様なゼイゼイした太い声を出して、何ぞと云っては、
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「ウハハハハ
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と豪傑を気取り、勿体をつけて、ゆすりあげて笑った。
色の小白い、眼の赤味立った、細い体を膳の上にのしかけて、せっせと飯を掻込《かっこ》んで居る恭二のピクピクする「こめかみ」や条をつけた様な頸足しを見て居るうちに、栄蔵の心には、一種の、今までに経験しなかった愛情が湧き上った。
白い飯を少しずつかみしめながら、自分の娘の夫《おっと》の若い男の様子を静かに、満足らしくながめて居た。
恭二の人物がいいと云うのではなし、どこがどう可愛いと云うのではないけれど、何とも云うに云われぬ、なつかしみを感じた。
少しばかりの菜でそう長飯しの出来る筈もなく、じきにコソコソと食事が片づくと話が局の事に渡った。
この不景気で近々人減しがあるので随分惨目なものが多いと良吉が云うと、お金は、すぐその言葉じりをとって、
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「けどまあ、『うちの人』や恭二なんかは、永年お役に立ってるって云うので、そんな心配のいらない有難い身分なんですがねえ、そんな
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