ぽどひどい様に見えますなあ。何んしろ、ああやって旦はんに何もせいで居られては、偉う大尽はんやかて、食い込むさかい無理もあらへん。
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と、半分同情的な、半分は見下げ気味な噂をするのに耳もかさなかった。
一体に百姓女は手先が利かないので、かなりまとまったものもこなせるお節は、困らないで居られた。暖い部屋で、ポツポツ、ポツポツ針を運んで居るお節を見て、村から村へ使歩きをして居る爺の松の助がちょくちょく立ちよって、親切に慰めるつもりで、伝えふるした様な、評判だの噂さだのを話す事があった。
隣村のかなりの百姓で、甚さんと云う家がある。そこの息子に、去年嫁をもらった。
評判の美人で、男の気には大層入って居たけれ共、病的に「やきもち」のひどい姑が、二人で一部屋に居させないほどにして居た。
そうすると、先達ってうちから身重になったところが、それを種にして嫁を出してやろうと謀んで、自分の娘とぐるになって、息子あてに、中傷の手紙を無名で出した。
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「お前の嫁は、作男ととんでもない事をしてその種を宿して居る。
お前のほんとの子だと思うと大した間違いだ。
おっつけられないうちに、どうとかしたらよかろう。
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姑は、それをつきつけては嫁をいびった。
息子は、信じなかったけれ共、あんまりせめられ様がひどいので、取りのぼせて、自分で猿轡《さるぐつわ》をはめて、姑の床のすぐ目の前で、夜中に喉をついて仕舞った。翌朝、姑が目を覚ました時、血だらけの眼をむいてにらんで居た。
松の助は、古い講談をする様にお節に話した中には、こんな事もあった。
気がまぎれないのでいろいろの事に思いふけって、
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「お君もほんに、一気な事をせん様に云うてやらんけりゃあなあ、
あのお金はんに、いびり殺されて仕舞う。
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などと思って居た。
十三の年から東京に出て、他人の中に揉まれて居るあととりの達の事、お君の事などが入りまじって心配になって、もう一っそ一思いに、夫婦と、子供等一っつながりになって、ボチャンとやってしまいたくなどなった。
東京からの便《たよ》りを待って、お節は暗い日を送って居た。
(三)[#「(三)」は縦中横]
六年で出て見る東京の町は、まるで、世が変った様になってしまって居る。
栄蔵は、汽車を乗[#「乗」に「(ママ)」の注記]りるとすぐから、うっかり傍見も出来ない様な、気ぜわしい、塵っぽい気持になった。
ぐずぐずして居ると突飛ばされる、早い足なみの人波に押されて広場へ出ると、首をひょいとかたむけて、栄蔵の顔をのぞき込みながら、揉手をして勧める車夫の車に一銭も値切らずに乗った。
法外な値だとは知りながら、すっかり勝手の違った東京の中央で、大きな迷子になる事も辛かったし、十銭二十銭の事に、けちけちする様に思われたくないと云う身柄にない見えもあった。
広い通りや、狭い通りを抜けて、走る電車の前を突切る早業に、魂をひやしてお金の家へついたのは、もう日暮れに近かった。
格子の前で、かすかに震える手から車夫にはらってから、とげとげした声で、
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御免
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と云った。
内から首を出したのは、思い通りお金であった。
栄蔵は一寸まごついた様に、古ぼけた茶の中折れを頭からつまみ下した。
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「おやまあ、これはこれは御珍らしい。
さあ、どうぞ、お上んなすって。
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と、栄蔵の手から軽い、すべっとしたカバンを受けとって、
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「お前、お待ちかねの方が御出でだよ。
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と奥へ怒鳴った。
通された茶の間めいた処に座って、お金が、格子に錠をかけ、はきものの始末をつけて来るまで、周囲の様子を見廻した。
柱でも、鴨居でも、何から何まで、骨細な建て工合で、ガッシリと、黒光りのする家々を見なれた目には、一吹きの大風にも曲って仕舞いそうに思われた。
小道具でも、何んでもが、小綺麗になって、置床には、縁日の露店でならべて居る様な土焼の布袋《ほてい》と、つく薯みたいな山水がかかって居た。
お金は、すっかり片づけて来て、兄の前にぴったりと平ったく座ると、急にあらたまった口調で、無沙汰《ぶさた》の詫やら、お節の様子などを尋ねた。
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「ほんにねえ、
私も今度の事じゃあ、どんなに苦労したかしれやしないんですよ。
何しろ、まだ、ここへ来て幾《ど》いだけもたたない人なんですしするから、手ぬかりが有っちゃあ私の落度だと思ってねえ。
実の娘より心配するんですよ、ほんとに。
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