屋の政と云う男を呼びにやらせた。
木屋の政の悪商法を知らないものはなかったけれ共その男の手を経なければ一本の木も売る事はむずかしかった。
翌日の夕方政はやって来た。
絹の重ね着をして、年よりずっとはでな羽織を着、籐表ての駒下駄を絹足袋の□[#「□」に「(一字不明)」の注記]にひっかけて居る。
強い胡麻《ごま》塩の髪をぴったり刈りつけて、額が女の様に迫って頬には大きな疵《きず》がある政の様子は、田舎者に一種の恐れを抱かせるに十分であった。
栄蔵の枕のわきに座って、始めは馬鹿丁寧に腰を低くして、自分の出来るだけは勉強しようの、病気はどんな工合だなどと云いながらそれとなく家内を見廻して、どうしても今売らなければならない羽目になって居る事を見きわめる。
そして彼特有のずるい商法が行われるのである。
栄蔵は、木なりを見て来た「政《まさ》」に、年も食って居る事だし、虫もついて居ないのだから、廉《やす》く見つもっても七八十円がものはあると云った。
仔細らしくあの枝を見、この枝を見して「政」はこの木はどう見ても、三四十円ほか値打ちがないと云い張った。
この木の肌を見ろの、枝の差しぶりを見ろのと立派な理屈――「栄蔵は木なりを見る目が利かない男だ」をならべたてて、私が出来るだけ出して五十円だと云い切った。
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「それに何ですよ貴方、
町方なら斯う云う木もどんどん出ましょうがここいらではそう行きませんからねえ。
何年ねかして置くかしれないものを、まあいわば、永年の御|親《した》しずくでいただくんですから。
三四十円のものを五十円で手を打ちましょうと云うのは、非常に商売気をはなれたこってす。
それでおいやだったら御ことわりです。
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これだけ云って政は、煙草をスパスパふかして一言も口を開かない。
五十円などとはあまりの踏みつけ様だ、いくら自分が目利きでないからって、これ位の事は分ると栄蔵は上気《のぼ》せた顔をして反対した。
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それなら、今売るのをやめて、どっかからそれより高く買う男の来るのを待ってらしったらよかろう。
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と意志[#「志」に「(ママ)」の注記]悪く、政は帰る様な気振りを見せたりした。足元を見こんで、法外な事はしないがいいと栄蔵は怒ったけれ共、冷然と笑いながら
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