げ終わり]
などと、とりとめのない事を考えて居ると、水口の油障子が、がたごと云って、お金が帰って来た。
 薄い毛を未練らしく小さい丸髷にして、鼠色のメリンスの衿を、町方の女房のする様に沢山出して、ぬいた、お金の、年にそぐわない厭味たっぷりの姿を見るとすぐお君は、無理な微笑をして、
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 お帰りやす
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と云った。
 一通り部屋の中をグルッと見廻して、トンと突衿をすると一緒に、お君のすぐ顔の処へパフッと座ったお金は、やきもちやきな、金離れの悪い、五十女の持って居るあらゆる欠点《けってん》を具えた体を、前のめりにズーッとお君の方に延《の》しまげた。
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 誰《だ》あれも来やしなかったろうね。
 時にどうだい。お前は、
 ほんとうに、もうあきあきするほど長い事《こ》っちゃあないかい。
 もうあの日っから、何日目になるだろう。
 こおっと、
 あれは――何だったろう、お前、先月の十一日頃だったろう、
 それだものもうざあっと、一月だよ。
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 自分の、すぐ眼の上で、ポキポキと音の出る様に骨だらけな指を、カキッ、カキッと折りまげるお金の顔を、お君はキョトンとして小供の様に見て居た。
 けれ共、どっか、そっ方を見て居たお金が、切った様な瞼《まぶた》を真正面お君の方に向けて、ホヤホヤとした髪をかぶった顔を見つめた時、何か、お腹《なか》の中に思って居る事まで、見て仕舞われそうな気持がして、夜着の袖の中で、そっかりと、何のたそくにもならない、色のあせた袖裏を掴《つか》んで居た。
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 いつんなったらよくなる事だろうねえ、ほんに、困りもんだ。
 そうやってお前に寝つかれて居ると、どれだけ私《わたし》は困るか、知れやしないんだよ。
 実際のかくさない処がねえ、
 薬代、お礼、養いになるものは食べざあなるまいし。
 そうじゃあないかい。
 お父っさんと、恭二の働きが、皆お前に吸われて仕舞う。
 病気で居るのに何もわざわざこんな事を聞かせたくはないけれ共、一つ家の中に居れば、そうお人をよくしてばかりも居られないからねえ、
 ほんとうに、どうかしなけりゃあ、ならないよ。
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 ホーと豆臭《まめくさ》い吐息がお君の顔を撫て通った。
 自分の夫の良吉にかくして小銭をためたり
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