う一体に薄墨をはいた様になってしまって居る。
そのぼやけた表紙から、はじけた綴目から、裏まで細々と見てから、中についた幾枚もの写真を、はたで見るものがあったら仰天する位の丁寧さでしらべて行った。
何々の宮殿下、何々侯爵、何子爵、何……夫人、と目にうつる写真の婦人のどれもどれもが、皆目のさめる様な着物を着て、曲らない様な帯を〆、それをとめている帯留には、お君の家中の財産を投げ出しても求め得られない様な宝石が、惜し気もなくつけられて居る。
どの顔にも、――それは年取ったと若いとの差は有っても――満足して嬉しがって居るらしい、又金持らしい相があると、お君は思った。
これにくらべて見ると、いつだったか、夜一寸出た時に、おじいさんの卜者に見てもらった時に、
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貴方は、苦労する相ですぞ。
気をつけんきゃあならん、なあ、
金と子の縁にうすいと出て居る。
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と云われたのが事実らしく思われて、暗い気持になった。
帯の結び様でも、指環の形でも、いつの間にか、見も知らなかった様なのが出て居た。お君は、一つ一つの写真について頭から爪先《つまさき》まで身のまわりの物の値踏をしはじめた。
この着物も、本場なら六十円を下らないが、一寸でも臭さければ、私にだって着られる。
この指環だって、ここに一つ新ダイヤが入って居ようものなら、八百円のものは、せいぜい六七十円がものだ。
写真で、真《ほん》ものと、「まがい」の区別はつかないから都合がなるほどいいものだ。
着物だの飾り物に、ひどい愛着を持って居るお君は、見も知らない人々が、隅から隅まで隆とした装で居るのを見るとたまらなくうらやましくなって、例えそれが、正銘《しょうめい》まがい無しの物でも、自分の手の届くところまで、引き下げたものにして考えて居なければ気がすまなかった。
少しは読み書きも明るいけれ共、根《こん》のないお君は、ズーッと写真だけ見てしまうと、邪険に、雑誌を畳に放り出して、胸の上に手をあげて、そそくれ立った指先を見て居た。
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こんなみじめな指《ゆび》をして居ては、若し、さっき彼の人のはめて居た様に、いい指環があったにしろ、気恥かしくて、はめられもしない事だろう。
ああ云う着物が山ほど有っても、寝て居るんじゃあ、お話にもならない。
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