様な、体につり合わない声や言葉で云った。
「必ずどうかする」と云った言葉を手頼りに、栄蔵はせっせと、鼻つまみにされるほど通って居た。
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もうこうなっては根の強い方が勝つんやから。
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栄蔵は、根くらべをする気になって居た。
義理がたい栄蔵は、ちょくちょく東京へ手紙をやっては、思い通りの結果が上らなくてすまないとか、気の毒だとか云ってやった。
栄蔵が、畢生の弁舌を振っても、山岸の方へは何の効力もなかった。
あまり話がはかどらないので、仕舞いにはお金の云った事がほんとうであったのかもしれないと思う様になったりした。
途方に暮れて、馬場へも、度々栄蔵は出かけて行って二人で出かけて行った事もあったけれ共、いつも、変にパキパキした山岸の若主人の口の先に丸められて居た。
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「ああなまじ法律を喰いかじった人は、なみなみの手では行かれんもんでなあ。
あの人は、なかなかうまい事考え居《お》る。
証書を反古にするつもりで年限などを忘れさせる様にしとるんや。
東京の方へも云うてやって、委任状もろうて、証書の書き換えをさせんならん。
なあ栄蔵はん、
この村も、金臭くなって仕舞うた。
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はたして、もう一寸の間で、証書が口を利かなくなりかけて居た。
馬場と栄蔵は、その書き換えにも相当骨を折った。
証書は書き換えても、かんじんの金のしがくは何もしなかった。
お金はお金で、時々太い、うねうねした文字で、
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あなたの御手ぎわで、さぞその方の話は甘《うま》く出来る事と存じ候。
こちらも先だっての金は、とうに、ちっともござなく、御承知の事とは思いますが、近い内に、あとの金を御送り下され度候。
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などと云う葉書をよこしたりした。
いかにも人を馬鹿にした云い草や又、あまり見っともいい事でもないのにむき出した葉書でなぞ寄《よこ》すのがたまらなく気にさわった。
一人ほか居ないこの村がかりの郵便配達が、さぞ可笑しい顔をしてあの一本道をよみよみ持って来た事だろうと思うと、他人に知られずにすむべき内輪の恥がパッと世間に拡がった様な気がして、居ても立っても居られない様になった。
早速、その返事のかわりに、
あんな事を葉書でよこす馬鹿が何処にある
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