分身分が下だと云う事も先方の心に余裕を与えた。
山岸では二三年前に、東京の法律学校を出た息子が万事を締って、その批判的な頭で生活法を今までとは善い方にも悪い方にも改めた。
山岸の御隠居はんと呼ばれて居る政吉は、二言目には、
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「私はもう隠居なんやから、何も知らいてもらえんのえ、やや子と同じや云うてな。
息子の大けうなるもええが、すぐ隠居はんに祭りこまれて仕舞うさかい、前方から思うとったほど善い事ばかりではあらへんなあ、ハハハハ。
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と戯談《じょうだん》にしてしまっては責任を逃れて居た。
隠居は、川窪がそう金の事などにがみがみしない家なのを幸にして、いずれ返さずばなるまい位に思って居るので、あまり張のない栄蔵のかけ合位ではさほど急《せ》いた気持にもならず、夜話しに息子と三十分ばかり相談する位の事で、これぞと云う方針などは立ててもなかった。
若主人が家に一切の事をする様になってあまりしらなかった内幕に立ち入って見ると、父親の名で小千の金が借りてある。
相手が悪いものではないので幾分安心はした様なものの、こんなものまで自分について居てはやりきれないと云う様に、どうしてこいだけ借りたのだと根掘り葉掘り問いただした。
裁判官にきかれる様な気持になりながら栄蔵は、急に入用になった事業上の金と、東京に月に二度ずつ出て居るうちに出来た下らない引っ張りの女の始末をつけるために借りた事を云って仕舞った。
そんな訳なので、息子の云い出さないうちは此方《こっち》からその事を云い出すのも何と云う事はなしてれ気味なので、余計ずるずるになるばかりであった。
四五度足労をして、もう隠居に話しても仕様がないと思った栄蔵は、若主人に、細かくいろいろの事を話して、東京の川窪から智恵をつけられた通り、川窪自身が非常に差し迫った入用があって居る様に話した。
若主人は、山岸家と書いた厚い帳簿――それもこの人が新らしく始めたのを繰りながら、
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「いいや何、何ですよ、
貴方が今御話しなすった様な事情があったにしろ又なかったにしろ、川窪さんにあれだけのものを御返しするのは義務なんですから、
必ず何とかします。
何しろ、義務がある以上は当然の事なんですからなあ。
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いやに老練な法律家の口振りを真似た
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