事あらへんやろなあ。
何んしろ十三の時から手離して独りで働いて学校も出、身の囲りの事もしとるのやさかい、手塩にかけんで間違いが出ければ皆、力の足りぬ親が悪いのやさかい……
[#ここで字下げ終わり]
お節は、二十二三になる頃までにはあの社で一かどの者になれる望がこの事で根からひっくり返って仕舞わないかと云う不安に、川窪でいずれそうなったら運動もしてくれるだろうが、今度の礼と一緒に念のためにたのんで置けと、まだ着物も着換えない栄蔵の前に硯箱を持ち出したりした。
兄を兄とも思わないで、散々に罵って好い気で居るお金に対して女らしい恨み――何をどうすると云う事も出来ないで居て、只やたらに口惜しい、会う人毎にその悪い事を吹聴する様な恨みが、ムラムラと胸に湧いてお節は栄蔵を叱る様に、
[#ここから1字下げ]
「そやから、あんたもだまって云わいで置かんで、つけつけそな事云うもんやあらへん云うてやりなはればいいに。
だまって聞いてなはるから益々図に乗ってひどい事云うのやあらへんか。
[#ここで字下げ終わり]
と云った。
先の金を返さないうちは、お金はどうせああなのだと云って、栄蔵は、もう東京の話はせず、早速|明日《あした》から、山岸の方へ行って見なければならんと、川窪からもらって来た心覚えの書きつけだの、馬場のところへ行って相談しなければならない事などを書きとめたりし始めた。
お節は、礼心に送るのだと云って、乏しい中から、香りの高い麦粉を包んだり、部屋の隅の自分の着物の下に置いてある、近所の仕立物を片したりして、急にいそがしくなった様に体を動かして居た。
翌日馬場の家へ行って、いろいろの事を聞いて来た栄蔵は、その次の日からせっせと山岸の家へ足繁く往来し出した。
役場の仕事もある事だし、複業にして居る牧牛がせわしかったりして、山岸の方へもあまりせき込んだ話はして居られないので栄蔵が仲に入った方が結局都合が好かった。
自分の職業上、相当に位置のある家から、あまり快い感情で遇されない事は、あまり喜ばしい事ではなかった。
始めの間は栄蔵もお節も山岸とはかねがね知り合いの間だから却って話もちゃんちゃんとまとまって行きそうに思って居たが、面と向って見ると、まるで見知らぬ者同志の話よりは、斯うした事は云い出し難かったりして思うほどの実も挙らなかった。
それにまして栄蔵の方が幾
前へ
次へ
全44ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング