楯になっとっておくれやはれば、私は、死んだとて、安心が出ける。
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時に栄蔵の口から、お金を呪う様な言葉がとばしり出ると後には必ず、哀願的な、沈痛な声でお君をたのむと云った。
そう云われる度びに恭二は、何とも知れず肩のあたりが寒くなって、この不具者について不吉な事ばかりが想像された。
何故と云う事もなく、只直覚的にそう思われるのでそれだけ余計、恭二にはうす気味が悪かった。
まさか「お死になさるな」ともむきつけに云えないので、
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「どんな事があっても貴方が達者でいらっしゃらなければ……
第一に憂き目を見るのはお君ですからね、唖でも『いざり』でも生きてさえ居れば親と云うものはたよりになるものです。
せいぜい体を大切になさって、『達さん』の成功するのを見届ける様になさらなければつまりませんものねえ。
いろいろな事は皆その時の運次第なんですから。
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云う方も、云われる方も、ひやっこい何となし不安が犇々と身に迫る様に感じて居た。
(六)[#「(六)」は縦中横]
余り急に栄蔵が戻って来たのでお節は余程良い事かさもなければ此上なく悪い事があっての事だと思ってしきりに東京の模様を話せとせがんだ。
重い口で栄蔵はお君の様態、お金の仕打、ましては昨夜急に自分が立つ動機となったあのお金の憎体な云い振り、かてて加えて達の不仕末まで聞かされて、いやな事で体中が一杯になって居ると云った。
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「そらな、達も他の事で――まあ病気やなどで出されるのは仕様あらへんが、女子《おなご》の事務員に手紙などやって、先方の親に怒鳴り込まれて社から出された云うては顔が立たんやないか。
今時の若い者には武士の魂が一寸も入って居らん。若し戻りよってもきっと敷居をまたがせてはならんえ。
事によったら七生までの勘道[#「道」に「(ママ)」の注記]や。
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栄蔵は、自分と同年輩の男に対する様な気持で、何事も、突発的な病的になりやすい十七八の達に対するので、何かにつけて思慮が足りないとか、無駄な事をして居るとか思う様な事が多かった。
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「まあ飛んだ事呉[#「事呉」に「(ママ)」の注記]れた。
でも、まさか何んだっしゃろ、
その事で、出される様な
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