いな人の好い事ばかり云って居る人は、自分の首をちょんぎられても御礼を云うんでしょう。
 馬鹿馬鹿しい。
 ほんとに『阿呆《あほ》らしい』ってのは、こう云う事を云うじゃありませんか。
 ああ、ああ。
[#ここで字下げ終わり]
 お金は、黒ずんだ歯茎をむき出して、怒鳴り散らした。
 栄蔵にも、お君にも、「今月分」として十円だけもらって来たのがどれだけ馬鹿なのか、間抜けなのか分らなかった。
 家の様子も知らないで、やたらに川窪を疑って居るお金の言葉に、栄蔵は赤面する様だった。
 ああやって心配して、気合をかけて、病気をなおす人の名や所まで教えた上、痛んだら「こんにゃく」の「パっぷ」をしてやれなどと云って呉れたあの家の主婦に対して、あまり人を踏みつけた様な言葉を吐かれる度に、裏切って居る様な感じがして居た。
[#ここから1字下げ]
「お前、そんなに川窪はんを疑うてやが、お前ならどうする積りなんえ?
「私?
 私なら、きっきと毎月出すと云う書き物でももろうて来る。
「そんな事、出来ると思うとるんか。
 人に金貸して、利息でも取り立てる様に書き物を取るなんて……
 こっちは、出してもらう身分やないか。
 一つ首を横に振られれば、二度と迫られない身やないか。
 そんな心掛やから、子も何も出来んのえ。
[#ここで字下げ終わり]
 早くから里子にやられて、町方の勘定高い店屋に育ったお金が、あまり金臭いので栄蔵は今更ながらびっくりした。
 一体、人なみより金銭の事にうとい栄蔵の目には、お金の実力より以上に金銭に対して発動する力の大きさ猛烈さがうつった。
 あきれて口を噤んだ兄の前でお金は云いたいだけの事を並べた。
 夜着をすっぽり被った中でお君は、妹につけつけ云われ目下に見られてされるままになって居る父親がいたわしく又歯がゆく思われた。
 いつか芝居で見た様に小判の重い包で頬をいやと云うほど打って、畳中に黄金の花を咲かせたい気がした。
 目の前に、金の事となると眼の色を変えてかかる義母の浅ましい様子を見るにつけ、田舎の、身銭を切っても孫達のためにする母方の祖母や、もう身につける事のない衣裳だの髪飾りなどをお君の着物にかえた母親が一層有難く慕わしかった。
 上気して耳朶を真赤にし「こめかみ」に蚯蚓《みみず》の様な静脈を表わしてお金は、自分でも制御する事の出来ない様な勢で親子を攻撃した。

前へ 次へ
全44ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング