あの人はもう隠居同然にしとるんやからなあ。ほらあの、父親のつけた名が下品やとか云うて自分で、何男とやら改名した人や。
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 金の事になると馬鹿に耳の早いお金がいつの間にか、栄蔵の傍に座って話をきいて居た。
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「川窪さんでもよくそいだけ出してくれましたねえ、
 内所がいいと見える事。
 私はきっと無駄骨だと思って居たが。
「世の中は、うまく出けたもんで捨る神あれば又拾う神ありや。鬼ばかりは居らへん。
「有難いもんですねえ。
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 お金は十円札に厭味な流し眼をくれて口の先で笑った。
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「けど何なんでしょう、
 それだけで一年分をすませるつもりなんでしょう。
 まさか一月分ホイホイ出す人もないだろうから……
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 栄蔵は、よく丁寧に、田舎の貸金の事を話した。
 フム、フム、と鼻をならして聞いて居たお金は話が仕舞うか、仕舞わないに、
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「あんた、ほんとにそれの世話を焼くつもりで居るんですか。
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と短兵急に云った。
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「ああ。
「お目出たいわけだ、
 返すもんですかね。返さないにきまってるから川窪さんで、返したらやろうと云ったんでさあね。
 馬鹿馬鹿しい、
 たった十円で、うまくおっぱらわれて来てさ。
「お前みたいに、何もかも疑ごうとったらきりがあらへんやないか。
 川窪はんに限って、そんな事する人は居ん。
 おっぱらわれたなんて、私は『強請《ゆすり》』に行ったんやあらへんよ、
 たのんで出して御呉れ云うて来たんや。
「いくら貴方ばかりそうやって力んだっておっぱらわれたに違いないんですよ、
 私なら、眠ってたってそんな鈍痴《どち》な真似はするもんか。
 漸う巧く見附けたと思ったらすぐポカと手放して仕舞うんだもの、
 そんなだから話のらちが明かないんですよ。
「いい加減にしよ、
 川窪はんの云いはる事なら間違いないと思うとるんやさかい、ああやって、出来にくい相談にも乗ってもろうたんやあらへんか。
 よりどこのない空世辞を並べる人とは違う、
 先代からの人を見て私にはよう分っとる。
「そいでもね、時には嘘も方便ですよ。ね、世の中を正直一方に通したら十日立たないうちに乞食になってしまう時なんですよ。貴方みた
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