、大門をひかえ、近所の出入りにも車にのり、いつも切れる様な仕立て下しの物ばかりを身につけて居ながら、月末には正玄関から借金取りがキッキとやって来る様な、栄蔵には判断のつきかねる様な、二重にも、三重にも裏打った生活をして居る人が沢山あった。
書生時代の友人、同郷人、その様なものに金を借りに出かけるほど栄蔵も馬鹿ではなかった。
散々思い惑うた末、先の内お君が半年ほど世話になって居た、森川の、川窪と云う、先代から面倒を見てもらって居る家へ出かけて見る気になった。
けれ共、考えて見れば川窪へも行かれた義理ではない。お君が、我儘から辛棒が出来ないで、母親に嘘電報を打たせて、代りも入れないで帰って来てしまった事が、今だに先方の感情を害しては居まいかと云う懸念があった。
物事の道理をちゃんちゃんとつけて事を定めるそこの主婦が、ふみつけにされた事に対してどう思って居るかと思うと、どうしても、厚かましく、
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どうぞ、これこれでございますから月々いくらかずつ出して下さいますまいか。
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とは云えない気がした。
あんな事さえして置かなければ、何も、こうまどわずに有り体に云ってすがられるものをと、下らない事に、先《さき》の気を悪くする様な事をした娘が小憎らしかった。あっちこっち烏路《うろ》ついた最後は、やっぱり川窪をたのむより仕方のない事になった。
娘に相談する気になって、
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「お君起きてんか?
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と云った。
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「何え、父はん。
「私もな、今つくづく思うて見たんやが、金出してもらうにしろ、どいだけずつ入るんやかはっきり知れんでは、うちあかんさかいお前見つもって見てんか。さっきも、お金が云うてやが、月々二十円ずつ入るやそうやが、ほんまかい。
若しそんなだったら、もう私の力ではどむならん。
「二十円え?
母《かあ》はんがそう云っといしたかの。
そんな事、あるもんどすか、
十円も、もろうてあればようまっしゃろよ、
何んも、偉う高えもの食べるやなし、一週間入院する『はらい』さえ出けたらええどすもの。
「そいで、入院するに、どの位入るんや。」
「そやなあ。
下等の病気[#「気」に「(ママ)」の注記]に入とるのやさかい八九円だっしゃろ、
いろいろなものを交ぜて。
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