、何せ、旅費位、どうでもなるんやさかい、
ほんにいんどくなはれな。
今、十五六円ばかり、すっかりで、ありまっさかい。そい持ってお行きやはったら、ようおっしゃろ。
仕事の手間や何かで、私など、どうでもして行かれまっから。
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お節は、気のすすまなそうに、行くとも行かんとも云わずに、ムッつりして居る栄蔵の顔を見た。
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「そやな、
どうでも行かずばなるまいかな。
ほんに、私《わし》も貧乏な懐で、金のぱっぱと出入する東京には、行きとうない。
戻って来る時、財布は、空っぽになっとってる様やったら、随分、何だろが。
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あらいざらいの金を、お手っぱらいに出した後《あと》をどうするのだろうと云う懸念が、栄蔵の頭からはなれなかった。
けれ共、行かないわけには行かない。
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「お君も、縁に薄い子だすえなあ。
貧乏な親は持つし、いやな姑はんに会うし。
そいに、何ぼ何やて、お金はんも、あんな業慾な人やないやろ思うてましたものなあ。
まあ、まあ、
何んも彼も、めぐり合わせや。
私が、いくらややこしゅう云うたとて、何んもならへん……
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と云うと、お節は、心配にだまり返って、仕事を片づけ始めた。
虎の子の様にしてある二十円近い金を手離なさなければならないのを思って、寒い様な気持になったお節は、ランプの、わびしい黄色い灯かげを見ながら、
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「アアアア
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と生欠伸をかみころして、生ぬるい、ぼやけた涙をスルスル、スルスル畳にこぼした。
乏しい懐のまま、栄蔵が旅立って行ってしまってから、ぽつんとたった一人になったお節は、長火鉢の下引出しに入れた五十銭の金のなくならないうちにと一生懸命に人仕事をした。
かなり困った生活をして居るのに、士族の女房が賃仕事なんかする奴があるかと云って栄蔵は、絶対に内職と云うものをさせないので、留守の間にと、近所の者達のところから一二枚ずつ、
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「一人で居るので、あんまり所在ないから。
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と云って仕事をもらって来て居た。
出来るだけの事をせんではと一心に思って居るお節は仕事をたのんだ百姓共が、
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「ほんにこの頃は、よっ
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