《ひげ》を物臭さに長く生やして、絶えず下目をしてボツボツ低く話す、哀れな父親の姿が目前に浮いて見えた。
父親がきの毒で、一時は、書くのを止めようかとも思ったけれ共、さりとて、黙ったまますむ事でもないので、ロール手紙に禿《ち》びた筆で、不様な手紙を書き始めた。
まとまりのない、日向の飴の様な字をかなり並べる間、お金は傍に座って筆の先を見ながら、自分の息子にあまり益のない嫁を取った損失を考えて居た。
始め、恭二を養子にする時だって、もう少しいい家から取るつもりで居た目算が、ひょんな事からはずれて先の見えて居る家などからもらってしまったし、又お君でも、いくら姪《めい》だと云っても、あまり下さらない女をもらってしまって、一体自分等は、どうする気なんだろうと云う様な事を思って居た。
嫁の実家、又は養子の実家のいいと云う事は、なかなか馬鹿に出来ないものだのに、フラフラと出来心でこんな事をして、揚句は、見越しのつかない病気になんかかかられて、食い込まれる……
お君が半紙をバリバリと裂いた音に、お金の考えが途中で消えた様になって仕舞った。
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アア、アア
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とけったるそうな、生欠伸をして、
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「さあ御晩のしたくだ、
この頃の水道の冷たさは、床の中では分らないねえ。
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と云って、ボトボトと立ちあがった。
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「ほんにすまん事、
堪仁[#「仁」に「(ママ)」の注記]しとくれやす。
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と云いながら「いやになり申候」と書き切って頭をあげると、すっかり知らない間に陰が濃くなって、部屋の隅のものは只うす黒く浮いて見えるほどになって居た。
小窓からも、縁側からも入った奥に居る自分の近所は、気がつけばつくほど暗くて、よくまあ、これで物が書いて居られたと思うほどであった。
狭い狭い台所で、水のはねる音を小うるさくききながら、夫《おっと》や舅の戻らないうちにと、筆の先に視力を集めて、はかの行かない筆を運ばせた。
一枚半ほどの手紙を書き終った時、パット世界が変《かわ》るほど美くしい色に電気がついた。
大きな字で濃く薄くのたくった見っともない手紙を、硯のわきに長く散らばしたまま、お君は偉く疲れた気持で、ストンと仰向になった。
瞼の上には、眠気が、甘
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