雲母片
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)長閑《のどか》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九二四年三月〕
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わかい、気のやさしい春は
庭園に美しい着物を着せ
――明るい時――
[#ここで字下げ終わり]
林町の家の、古風な縁側にぱっと麗らかな春の白い光が漲り、部屋の障子は開け放たれている。室内の高い長押にちらちらする日影。時計の眩ゆい振子の金色。縁側に背を向け、小さな御飯台に片肱をかけ、頭をまげ、私は一心に墨を磨った。
時計のカチ、カチ、カチカチいう音、涼しいような黒い墨の香い。日はまあ何と暖かなのだろう。
「ああちゃま、まだ濃くない?」
母は、障子の傍、縁側の方に横顔を向け、うつむいて弟の縫物をしていた。顔をあげず、
「もう少し」
丸八の墨を握ったまま、私はぴしゃ、ぴしゃ硯を叩いて見た。自分の顔は写らないかと黒い美しい艷のある水を覗いた、そしてまた磨り始める。
何処かで微かな小鳥の声。
見えないところに咲いている花の匂いが、ぽかぽかした、眠くな
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