る春の光に溶けて流れて来るようだ。
彼方側の襖の日かげがゆれて母が立って来た。
「もういいだろう?」
私は、墨で硯の池の水を粘らせて見た。
「どろどろでなくっていいの?」
「この墨は、灰墨じゃあないから、そんなにどろどろにはならないよ。半紙は?」
「ここ」
私は、七歳で、真白い紙の端に墨の拇印をつけながら、抓んで半紙を御飯台の上に展げた。母は、傍から椎の実筆を執り池にぽっとりした! 岡でくるくる転して穂を揃えた。その筆を持って、小さく坐っている私の背後に廻った。
「さあ筆を持って。――そうじゃあなく、その次の指も掛けて、こう」
「こう?」
「そうよ。いいかえ。一番先にいろはと書いて見よう、ね。よく見ていて、次には一人で書くんだよ」
母は、生れて始めて筆を握った私の手を上から持ちそえ、
「ほら、点。ズーッと少しまげて、ちょん。これで片方。こっちは、やっぱり始めに力を入れて、外へふくらがして――ちょん。」口でいいながら、三寸四角位の中に一ついの字を書いた。
指の覚えもなく、息を殺して白い、春の光に特に白い紙の面を見つめていた私は、上から自分の手を捕まえた母の力がゆるむと、溜息をつ
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