年暮していた獄中生活から一九四五年十月十四日に解放されて家庭へかえり、良人としての生活をはじめると共に直ちに共産主義者としての活動へ入ってゆく。ひろ子は「乳房」の女主人公と同じ名をもっているけれども、彼女はこの作品では※[#「女+保」、76−1]母ではない。階級的な立場にたつ婦人作家としてあらわれている。重吉とひろ子とは、様々の波瀾を互にしのいですごした十二年ののちに、はじめて一つ家に、結婚の歴史はもう旧いけれども、互が互を感じ合う敏感さでは真新しい夫婦として生活をはじめる。その特殊な条件をもつ短い時期のうちにおこった一つ二つのエピソードを中心として、この作者の全心から流れ出す初々しい生の感覚と愛の諧調で全篇がつらぬかれている。おのずからなる抒情的でメロディアスな筆致は、わたしの作品の全系列の中にあっても類の少い位置をこの作品に与えている。
 風知草は、絵画で云えば、一篇のクロッキーであると云ってさしつかえない。クロッキーはデッサンではない。クロッキーにおいて細部は追究されず、しかし流動する物体のエネルギーそのものの把握が試みられる。次の瞬間もうそこにはないその瞬間の腕の曲線、頸の筋骨
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