」については、先ずその題のよみかたが、ふたとおりになっている。「ふうちそう」とよむよみかたと「かぜしりぐさ」と読むよみかたと。作者は「かぜしりぐさ」とよむことは知らなかった。夏の夜店の植木屋の葭簀ばりのそばで青々と細葉をしげらせたその鉢植を買ったとき、植木屋はそれを「ふうちそう」とよんだ。わたしは、ああ、そのほっそりした葉がかすかな風の渡るときにもそよぐからだろうと納得していたのだった。二三年たって、同じ草の鉢がさし入れられて、巣鴨の蒸し釜のような女舎のせまい板じきにおかれた。その三畳の室は風通しというものが全くなかった。暑気に喘ぎながら、わたしはその細い葉の一端でもそよがせる微風――といわないまでも空気の動きを求めた。しかし、その細い青いむら葉はわたしがその室の中で昏倒してしまうまでそよっとも動くことがなかった。さし入れ通知の紙に、ふうち草鉢植一とかかれていてわたしはその下に、赤いにくで爪印をおしたのだった。そういういきさつから、作者のこころもちは「ふうちそう」としてしかあの夜店の草を思い出すことができない。
 風知草の主要な人物は重吉とひろ子という夫婦である。重吉が思想犯として十二
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