にこんな事を云ってしまった。机のところにまたもどって、あの人がもってきて呉れた狸ばやしと胡蝶の曲を読み始める。この本とひっかえにもってった三味線掘りの手ざわりのいい表装がフイに見たくなったがマアマアとあきらめる。こんな退屈などうにもこうにもしようのない様な日に、あの人が来ればいいのにと思い出すともうきりがなくいろんな事が頭にうかんで来て、本の字なんか黒蟻の行列を見る様になってしまう。彼の人の気まぐれにもほんとうにあいそがつきる様だ。こないだは二日つづけて来たかと思うともう三週間位しらんかおをして居るし、ニコニコして居る時と馬鹿にムキムキした時とあるし――それでもマア私の思ってる事を大抵分って呉れるからいいけれども、こないだ着て居た着物の色と頭のうしろっつきがよかったっけが、今度はどんな風で来るんかしら、妙に着物の変るのがたのしみなもんだ。
 そうそうこないだ来た時に、エエようござんすともなんかってぞうさなくうけあって行った着物はほんとうにもって来て呉れる気なのかしらん、若しもって来たら私のあのソフトをかぶせてマントをはおらせて男にばけさせて見ようかしら。でも何だか又理屈をこねそうでもあ
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