を肩にひっかけていろんなものをうれしくばかり見て暮して居たその時代が、とびつきたいほどなつかしく思われた。「あの時代は私一人の封じた壺をまだあけなかった時だった」小さい声で云ってきかせるようにさとす様にささやいた。「十八の時――十八の時」こうした言葉が悲しい調子を作って体中をとびまわって居る。ジイッと耳をかたむけると心臓の鼓動までそんな調子にうって居る様な気がしはじめる。
「何んだいくじなし、パンドールの壺にはまだ一つ幸にのこって居るものがあるじゃあないか」
斯う云うと自分で自分を馬鹿にしたような高笑をした。そうしてその笑い声がパッと消えてしまうと前にもました淋しさがまわりからヒシヒシとまるで潮のよせる様によせて来て自分のこの小っぽけな体をひっさあらっていってしまいそうにする。「何んだい、何んだい」にがいかおをしながら机にしっかりよっかかった。けれどもともすればこの形のない力づよいものは、再びうき上られない深いところへ巻いてきそうにする。ジッとして居られない様になってこれまでに一番自分の気に入った絵の絹地の下にかばってもらう様に座った。はれやかな舞子の友禅の袂の下にはあんな力づよいも
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