の工夫も気にかかる。「第一うちに女竹がないからいけないんだ。黒猫ばっかりもらったって何にもなりゃしない」一人ごとを云って壁紙に女竹と黒猫を書いた下絵を見つめる。どうしてもあの三本目の竹の曲り工合が気に入らない。思いきって破いちまおうかと思わないでもないが、一週間つぶしたと思うと流石《さすが》未練がのこる。「マアいいさ、なる様にはなるにきまってる」いくじのない理屈をつけてヒョッと目にふれた三重吉の『女と赤い鳥』をとる、夢二の絵の中によく若い娘が壺を抱いて居るのがあったが、あれはこのパンドールの壺なんだキット、こう思って長い間のなぞもとけた様な気がした。「赤い鳥」をよんで居るうちにフッと自分がまだ十七八の時の事が思われた。
「彼の時分は若かった」斯う思うとほんとうに心がゾーッと寒くなる様な気がする。こないだあの人が来た時にそう云って居たのがやっぱりあたってる、と思われる。小さい時からきりょうよしだと云われて居た自分の目の大きい顔の白い、髪のまっくろでしなやかで形よく巻けて居た様子が、博多の帯をころがした時よりも早く悲しげな音をたてて頭の中にくりのべられた。朝起きぬけから日の落ちるまで絵具箱
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