まった。
 死――斯ういう言葉がこの上なくたのしいなつかしいものに思われるまで「生」という事にあきて来た。毎日毎日あの白い牙をもった動物の自分の生を絶ちに来て呉れるのをまって茗荷畑に朝から日の落ちて小屋にしまわれるまで座って居る。けれ共目ばかりが光った動物は影さえも見せなかった。
 今日も男鴨は茗荷畑に座って居る。何にも来ない青く光る□[#「□」に「(一字不明)」の注記]を見あげては自分がまだ生きて居るという事をなさけなく思って居る。ひとりでに命の絶える時が近づいた様に男がもの首はほそくなって居る。

     この頃

 私はこの頃こんな事を思ってます。大した事ではもとよりなく何にも新しい事でもありゃあしませんが、この頃になって私の心に起った事というだけなんです。
 私のまだほんとうの小っぽけな頃はマアどんなに自分が女だという事を情なく思って居た事でしょう。本を一つよめば女だということがうらめしく思われるし、話一つきいたって女というものに生れたのをどんなに情なく思ったでしょう。男でありたい、あの鉄で張りつめた様な強い胸をもった……斯う思って私は髪を切っちまおうとさえ思ったほどですもの
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