で、柱に体をぶっつけてふてる様な様子をしたり――はたの人から見ればきっとこの次会った時には、お互に知らんかおをして居るに違いないと思うだろうと思われる事をしながら二人の間に日が立ち月が流れて行った。女は心中しかねないほど自然を愛して居る。美しい葉の輝き、草の香り――そうしたものを見るとたましいのぬけた様にボーッとして居る事が多かった。限りない嬉しさに思わず土にひざまずいた時等にうっかり居合わせる男は気が気でないと云う様に女の様子を見つめてだまってその耳たぼのうす赤くすき通るのを見て居るのがあげくのはてには女の心をかたまらさせてしまって居た。美くしさ、快さの中に吸いこまれて居ると「何をぼんやりしてる?」なんかって声を男がかけた時女は「いやな人ったらありゃあしない、もう絶交さ……」こんな事を小声で云って男を息づまらせたりして居た。
 彼の女は恋をするなら人間ばなれのした、命がけの燃えさかって居るほのおの様な、お互に相手の名と姿と声と心と――そうしたものほか心の中にかつて居ないほどの恋がして見たかった。けれども女はいろいろに出る心をもって居た。片っ方のまっかな光が恋をしようとすれば、すぐその
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