だやかなうっとりした様な気持のさめないうちに、今の気持をソッとかかえて家に帰ろう、つづけて斯う思った。
 そして自分を忘れて細い糸からもれて来る音にたましいをうばわれて居るその人のまっくろな眉を見つめた。
 まどから見おろす庭の萩ショッキ[#「萩ショッキ」に二重傍線]がうちきらしくうなだれてこまっかい樫の葉一枚一枚のふちが秋の日に黄金色にかがやいて居る。しずかだ。

     二つの心

 二つの人間はピッタリと並んで歩いて居る。その後に長く引いて居る影もその間にすきのないほどくっついて居る。
 女同志でおない年でおついの着物で――
 顔と髪の長さの違うばかりである。
 二人は御墓の間を歩いて居る。
 かたっ方の心は、
「何と云う御線香のにおいはいいんだろう、そして又この静かさといったら、こうやって歩くのにほんとうにふさわしい」斯う思って居る。「おおいやらしい、こんな所は早く通りすぎちゃわなくっては、あの沢山の墓の並んで居る様子といったら」
 も一つ心は斯う思ってるっていう事をだまったまんまでも一つの心が見ぬいて居る。
 二つの心のまるではなればなれな事を考えて居ながら、それで居ていか
前へ 次へ
全85ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング