ナ、下に居るあのまっくろな猫もつれて来て……」と云った。
「いつきいたんです……エエひいてもようござんす。手がも少し白いといいんですが……」
 こんな事を云ってまっくろい猫と三味線を抱えて来た。まるで女の様な手の曲線を作って本調子で何だかこう、あまったれた様なやんわりした気持になるものを爪弾して居るそのうしろには豊国の絵の女がほほ笑んで、まっくろに光る毛なみとまっさおな目をもった猫は放った絵絹の上にねて居る――何となしに私の心持にピッタリあったものがある様でその器用にうごく手を見ながらほほ笑んだ。
 その人は小声になんかうたって居る。かえって文句のわからない方が私にはうれしい。まるで傍に人の居るのを忘れた様に自分の爪の先からかき出す音の行末を追う様に耳をかたむけて居る。私はそのしのび泣いて居る女の様な何とも云われないやさしみとつややかさをふくんでないて居る爪弾の音にいつも私がなる様に目の内があつくなって来た。私はかるく目をつぶりながら「あの黒い髪をちょんまげに結わせて――よろけじまのお召の着物を着せてその青白い細面てのかおにうつりいい手をして居たら……」こんな事を思った。
 斯うしたお
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