下さいませ』ってやったところが、先生の奥さんが出て来て『いらっしゃいまし、どなたさまで』っておじぎをなすったんで傘をもったまんまポッカリ頭を下げると、先生が出て来られて『マア上り給え』と云って半分笑われ半分叱られて来ましたっけが……面白いもんですネー、又して見ようと思ってます」
美術学校の人のよくする事だと思って私は笑いながらきいて居た。心の中でそうっと私も男にいつかばけて見ようと思って居た。ヒョイと見ると歌まろの絵のわきに細筆で書いたらしい様子に「あの女」と書いてある。私はそれをジーッと見つめて居ると「貴方、あの女ってのを見つけたんでしょう」ってその人が云う。「エー」私はそっちを向いたまんま返事をする。
「先にここに同じ級の書生が二人居た時に一人の男がフッとすれ違ったそんなにいい女でもないのがどうしても忘られないってしょっ中教えてたんでも一人が何だかここに歌みたいなひやかしを書いたのがまだ残って居たんです」こんな事を云って呉れた。ポツンと話のとぎれた私達はあの女と云う字をジーッと見つめて居たが、いつだったか長唄をならってるってきいたんでそれを思い出して、
「貴方三味線きかせて下さい
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