「私ね、幾年も幾年も一つ家に暮して居たくないんですよ、毎日毎日どっか違ったとこにすまって、まるで違ったものを食って居たいんだが……」
「そうなさいな、いくらだって出来るじゃありませんか、女と違って男ですもの、そんな事は勝手じゃありませんか」
「でもやっぱりひとりじゃあないからそうも出来ないんですよ……」
「そんなら部屋の様子でも一日ごとにかえてたら少しはましでしょう」
「自分でするのが面倒だから……」
「そんなら面倒くさいからこうすりゃあ一番ようござんすワ、貴方のもってるもの、筆でも絵の具でも紙でも絹でも皆んなこの部屋の中にぶちまけちゃって、そんなのにもぐり込んで居れば手にあたるものがみんな違っていいでしょう」
「そうですネー、今もよっぽどそれに近くなってるから……そう云えばまるで違う話だけどこないだ一寸女んなったんですよ、学校の着物をかりてネ、紫の大振袖に緋の長襦袢を着て厚板の帯をお太鼓にしっ[#「しっ」に「(ママ)」の注記]て雨の降る日でした。マントを着て裾をはしょって頭はこのまんまで先生のうちに出かけたんです。門のとこにマントをかけて置いて、蛇の目を深くさして白足袋をはいて『御免
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