して、しぼりの着物に白い帯をしめて……も一人は大模様の浴衣がけで同じ帯をしめてたんですが、着物の色の顔にうつりのよかった事ったら、たまらないほどだったんで、とうとう我まんできずにその女のとこに行って、『書かして呉れませんか』ってたのんだんです、そうするとマア、思いがけなく『エエ、ようござんすとも、こんなおたふくで御気に入りゃあ』って云ったもんで家から、場所から――御丁寧に道順まできいたんです。新橋のネ、橋の一寸わきの芸者なんですよ、マア、その晩私がうれしかった事、一晩中ねられやしませんでしたよ、ほんとうに……」
「マア、それまででにげられるんなんかって……抱え主が苦情でも入れたんでしょう?」
「そうなんです、それから翌日、ホラ、あの二百十日前に荒れた事がありましたっけネエ、あの日に絹から筆から硯まで抱えて、新橋くんだりまで絹をぬらすまいぬらすまいとして出かけてその家に行ったら……始めは居ますって云って、あとから居ないって云うんでしょう、いつかえるったってあいまいの事ばっかり云ってらちがあかないんです。だからキット抱主が苦情があると思うからそれっきり行かないんですけど……あんな情ない腹の
前へ 次へ
全85ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング