ぶって「忘れたい」と思ってた。あの時着て居た着物――あの時さして居たカンザシ――帯、はこせこ、こんな事がズラリと頭の中にならんでしまった。
「どうしたんです?」その人は私が急にだまりこんで考えてるんでビックリした様なつつぬけの声を出した。「何でもないんです。一寸首人形を見たら思い出した事があったんで……」こんな事を云って私はつくり笑をした。
「どんな事? 首人形を見て思い出すなんかって……いかにもやさしそうな事ですネ、話しませんか?」
「エエ、そりゃあやさしい事《こ》ってすけど……こんなとこでポイポイ云っちまうにはおしい話だから私がお話ししたくなった日に云いましょう」
「大抵は想像してるけど……京の舞子かなんかの話しでしょう、そいでなくってもキット京都にかかりあいがあるに違いないネ? そうでしょう?」
「それだけ分ったらもうだまってらっしゃい、それより余計な事をおっしゃるとキット私のいやな事になるから……」
「何だかおどす様な事云うんですネエ」その人は私のかおを見ながら、こんな事を云った。私は首人形を見つめながらだまって笑って居る。
「あの私がよく行く京橋の家に三階から『テッテケテ』な
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