出した。
自分達のして居る事の不平やら不安やらが頭の中におしよせて来た。眉をピリピリッとさせてうなる様に、
「どうせ……どうせ」
ときれぎれに云って立ちどまって深い息を吐いた。
「パンをかじりながらキッスをしなくっちゃあならない世の中なんさ」
女は暗の中にうごめいて居る見えない不安や不平にこう云いやって、手をおよぐ様にふっていきなりかけ出した。走りながら「どうせ……どうせ……」と女は思ってパッと見ひらいた目からとめどない涙をこぼした。
二階に居る時
ヘリのないぞんざいな畳には、首人形がいっぱいささって夢□[#「□」に「(一字不明)」の注記]の紙治、切られ与三、弁天小僧のあの細い線の中にふるいつきたい様ななつかしい気分をもって居る絵葉書は大切そうに並んで居る。京の舞子の紅の振、玉虫色の紅の思われる写真は白粉の香のただよいそうに一っぱいちらばって壁に豊まろの女、豊国の女房はそのなめらかな線を思いきりあらわしていっぱいはってある。すすけた天井からは、浅草提灯が二つ、新橋何とかとそめぬいた水色の手拭までさげてぶらさがって二つある。柱には紙で作ったひなが二つ、昔話しを思い出さ
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