。
「ここで買物して私はかえるよ」
男は云いたくない事を無理に云う様な調子に云った。
「そう、家へいらっしゃいな、あの人達もまってるんだから……そうなさいネ」
女は別に並の女のよくする様なおあいそうのある様子や目つきは一寸もしないであたりまいサと云った様に云った。
「そうさネ……だが今日はよそうよ、用もたまってるし書かなきゃならない事だってあるんだし」
男は女に気がねする様にしずかに云うのをそっけなく、
「そう、じゃ左様なら、又いつか……」
と云い押[#「押」に「(ママ)」の注記]えてかるく頭を下げて両手をふところに入れて、わき目もふらずに歩き出した女は、ふりっかえらない。でも男が写真屋の店さきに原造[#「原造」に「(ママ)」の注記]の薬を出させながらまつひまに私の後姿を見て居るのだと云う事を知って居た。あかるい町をすぎて、フイと暗い町すじに来た時、女はわけなく自分の傍を見た。そうして今ここに一人ぼっち歩いて居るのは、ほんとうの自分でない様に今までの事を自分でして来た事じゃない様に思った。
「妙なもんサ」
女の心はなげつけた様にこんな事をささやくと一緒に馬鹿にした様な涙がこぼれ
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