かんで女は男のかおを見入った。大変おだやかなゆとりのあるかおに見えて居て、その両わきにある耳の大きさと鼻の高さが気になって気になって、どうにも斯うにもしようのないほどであった。目の前にあるかおをすぐに両手で抱えて、胸におしつけてしまいそうな気持と何となくものぐさいようなものたりない様な気持がのどの一っかたまりの中でもみ合って女のかおは段々赤く目に涙がにじみ出して来た。
「たまらなくうれしくってたまらなくいやで――もうたまりゃしない――私は帰るサ、変になっちゃったから……」
 ガサガサした声で自分から手をかたくにぎって、女は云いながら立ち上って、着物の上前をおはしょりのところで引っぱった。
「じゃおかえり、今夜は寝られなくなるかも知れないネエ、私もそこまで行こう」
 近頃にないほど感情の妙にたかぶって居る女を、別にとめようともしないで男は一緒に上り口から軽るそうなソフトを一寸のっけて年の割に背のひくい男[#「男」に「(ママ)」の注記]の白い爪先を見ながら、ふところ手をして歩いた。
 二人はおうしにされた様におしだまって、頭の方を先に出してあかるい町の灯をよける様にして写真屋のかどまで来た
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