まさかお金の勘定もしやしまいしするけど……」
「お金の勘定するのがいやなんかい?」
「外の女よりはきらい、私が自分でお金をとる様になったら部屋中机の中《ナカ》中にまきちらして置いたらと思ってるほどだから……」
「勝手な事を云う人だよ、それで世の中が今渡れたら乞食は居るまいがネ――」
 男は見下す様な気持で、口の先で云った。
「アア、今日はほんとうにすきだらけだったらありゃしない、まるですきあなからお互にのぞき見して居る様だ、またいつかこんなんならない様な日に来ましょうネ……」
「そんな事云わずに世間ばなしでもしておいでネ、一人で居る時には考えてばかり居るんじゃあないか――」
 女はそれには答えずに、
「来る時には随分満ちた気持で居たんだけど、今じゃもうはぬけの様になっちゃったんだもの……」
 やるせない様に云って右の肩を一寸あげた。
「そんなに私をいじめるもんじゃないよ」
と低い声で云う男の口元を見た時、女の心の中には今までの後向になった気持にこっちを向かせるほど力のある一種のうるんだうれしさと悲しさとがこみあげて、のどのところでホッカリとあったかいまあるいかたまりになった。唇をかるく
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