おこすわけもないじゃないか……」
「あんたが間の抜けた様子をするから悪いんだ!」
女はさっきの気持とまるであべこべのふっくりした声と気持で云った。
二人は窓ぎわに並んで座った。男の頭の回りをしとやかな秋の日和がうす赤にそめて居るのや、衿足のスーッと長いのが女にはやたらにうれしかった。
「私はうれしくなって来た」
ことわる様に女は云って、いつもする様に手だの耳ったぼだの肩だのをひっぱった。
男はしずかにしながら、小声で小学歌をうたって居る。のんびりした音律のフレンチのしなやかな音調のうたは感じやすい女の心から涙をにじませるには十分すぎて居た。男の肩に頭をおっつけて目をつぶって女は夢を見かけて居た。
「私達は人並じゃなくしましょうよ」
女はフイとこんな事を云い出した。
「人並じゃなくとは?」
「ホラ、ネ、知ってるじゃありませんか。だれでもがある様に死ぬまで一緒に居られる様な時になるとたるんで来て、お互にあきあきしてしまってさ」
「私達にそんな事があるもんかネ」
「それをほんとうにネエ、なんて云うほど私の心はおぼこじゃありゃしない。だから私なんか死ぬまで別々の家に住んで、お互に暮し
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