来なきゃよかった」
 あきらめた様な口調に女が云った。
「マア、どうして?」
 男はフイにどやされた様な声で云った。
「貴女があんまりのんべら坊としてる――すきだけらで下手な話ばっかりして――
 一人ごとを云ってたっても、少しはしまった事が云える――」
「…………」
「もっと張りがある様にしましょうよ、そいで調子よくネ、考えなくっちゃあならない事、云わなくっちゃあならない事が山ほどあるんじゃあありませんか……」
 そう云って居るうちに、何とはなしに女はうっとりとする様なかるい悲しさにおそわれて来た。
 男はだまって廊下ごしに向うの森を見て居る、口の辺にはうす笑が満ちて居る。罪のない様なかおを横から女はしげしげと見入っていつの間にか自分までつりこまれてうす笑をした。
「いいあんばいだ。ようやっと少しは柔い気持になれる」
 斯う女は思って先にかがみの前でした様な様子を、器用に手早にさせて男の肩を両手でゆすぶった。
 二人は崩れた様に笑った。
「何さっきあんなけんけんした声を出した?」
 男は女の小指をひっぱりながら目を見て云った。
「何故って、かんしゃくが起っただけ――」
「馬鹿なこだよ、
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