気まぐれで――用事をしてらしったってかまわない」
女はあんまり下らない言葉だと思いながらこんな事を云った。
「アア、そんなじゃないけどとにかくひまじゃないんだ」
男はたるんだ声で云ったのがふくれきって居た女の心をひやっこくスーッとなぜて行った。女は急に影のさした様な気持になって、机のはじにチョンと腰をかけながら、濃い房々した男の髪を見ながら、
「あんた、今日どんな気持でらっしゃる? ふやけた様に――たるんでるんでしょう?」
口元をゆるめないで女は云った。
「又始まった、だだっ子だなこの人は――」
男は何でもない様に云って、ねりそこねたうどん粉の様な笑い方をした。
男のする事や云う事は、女の心に入って行く時にはすきだらけの、みっともない下手なお化粧の様になって、ほんのちょっぴりうしろにむきかけた女の心を段々とあと押しをした。
女がしまった心で居るのに、男の方ではすきだらけで何でもないただの人をもてあつかって居る時と何の変ったところもなく、「ほんとうにネ」「そうだ」「違うよ」と云う言葉を繰返し繰返しかんしゃくがこみあげて来て、くしゃみが出そうになるまで男は繰返した。
「アア、私
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