や白い足袋の爪先を見ながら、ひざの上にひろげてある『桜の園』のまだ買いたての白い紙をチョイチョイ見た。
さあこの庭をなあ、借金の形にとられてしまうなんて云うのは……
あら御覧、死んだお母さまが庭を行くよ……
こんな字が意味もなくなって頭にうつって居る。
「アアアア」うんだ様なけったるい声を出して、男の事を思いがけない時に好いものをひろった時の様な表情をして考え始めた。何にもない宙に二つ目が笑ってうかみ出た。ツウツウ――眉が引ける、鼻が出る、白い、気持好く力のこもったひたいがうかんで口が出来てそれからうす赤い線がこのまばたくまにならんだ小っぽけなものをかこんで、その線の上にあるお米つぶほどのほくろさえそえて――男のかおが出来上った。
そのうす笑いをしたかおを手の上ににぎって見たり、向うの方にほうりつけて見たり、髪の毛の間にたくし込んでしまったり、ややしばらく、いたずらっ子が猫をおもちゃにする様に自分もうす笑いをしながらたのしんで居た。今まで少したるんで居た心は、急にキューッとしまって頬やこめかみのところにかるいけいれんが起って――いかにも神経質らしく女はその丸っこい手をふってかた
前へ
次へ
全85ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング