に、あの何とも云われないお湯の香り、おだやかな鏡の光り、こんなものにさそわれてとうとう入ってしまった。湯上りのポーッとした着物[#「着物」に「(ママ)」の注記]をうすい着物につつんで、二人は鏡の前に座った。
「これからどうしましょうネ、なんかこんな時にふさわしい事がして見たい」
私はうす赤な耳たぼをひっぱりながら云った。
「そんならお化粧すりゃあいいワ」
雨の音にききほれてぽかんとした声で云った。お敬ちゃんはすぐに言葉をついで、
「お化粧のしっこをしましょうネ、それがいいワ、ネエ」
こんな事を云って、あまったるい好い香りのするものや、ヒヤッとした肌ざわりの、それで居てたまらなく好い気持のものをぬられたりして変って行く自分のかおを目をつぶったまんま想像した。眉のあたりをソーッとなでて、
「これでいいんだワ、ごらんなさい」
私はこわいものを見る様に、両手でかおをおさえて五本の指の間から鏡の中をのぞいた。
「マア」私はこう云わずには居られないほどきれいにあまったるい様なかおになって居る。
「何故こんなになったんでしょう。あんまり私らしくない――まるで年中着物の心配で暮して仕舞う娘の様
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