にしずかだ事、去年もいつだったかこんな日があったっけ、覚えてる?」
私はほんとうに好い気持で云った。お敬ちゃんは畳に散って居る五行本の字を見つめながら、
「ほんまにしずかな好い日や」
こんな事を細い声で云った。
「そやなあ、塗下駄はいて大川端を歩いて見たいなも、どんなにいいやろ」
私達はぶきっちょな口つきでこんな事を云いあって顔を見合わせて笑った。
お敬ちゃんの桃割れにかけたつまみ細工のしんから出るかるいかおりにいい気持になりながら、
「紙びなさんつくって見ない?」
「して見ましょう、もう私なんか十年も前の事だワ、そんな事をしたのは」
私は、千代紙と緋縮緬と糸と鋏と奉書を出しながら云った。器用な手つきをして紙を切ってさして居たかんざしの銀の足で、おけいちゃんはしわを作った。それに綿を入れてくくって唐人まげの根元に緋縮緬をかけてはでな色の着物をきせて、帯をむすんでおひなさんは出来上った。二人はそれをまん中に置いて目も鼻も口さえない、それでも女と云う感じがする不思議なこの御人形さんを見て居た。
「たまにフッとした出来心でこんなものをこしらえるのも今日みたいな日には悪かない」
お
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