かった。ここにも私の味方がある、こう思われた。そんな事でよけい家に帰りたくなくてとめてもらうよと思いきって云ってしまった。いいともさ、私だって帰したくなかったんだもの、とあれも云って居た。二人で手をにぎりあって十二時の時計をききながらもねようともしないで、「二十三だネ、もうお互に……」こんな事を云って、今朝なった様な恐ろしさに又おそわれてジッとあれによりかかって居た。「でも若いよ、まだ……」あれはこう云って丁度大病人に医者がまだ心臓がはっきりしていらっしゃいますからって云うような調子で云って私の髪を指の間でチャリチャリと云わせて居た。
嬉しくってかなしい――夜は更けて行く。
〔無題〕
私達……私達ばかりじゃあなくたいていの人が、本の表紙などは一寸見てもうはなされないほどすきになるものや又もう二度と見たくない様な心持のする本もあると云うことを云う。そんなこと思うほうがほんとうか……おもわない方がほんとうか?
インクの色もその人の年によってすきな都合が違うと云うことをこの頃になって知った。
ようやくインクをつかいはじめた年頃から私達より一寸大きいころまでははっきりとしたブリューなんかがすきで、二十ぐらいになるともうじみな、書いたあとの黒くなる様なインクがすきになる。
その色のすききらいのぐあいはその年頃によってこの気持によるものらしいと私は思う。
私達は姿のととのわないものをすべて十五六と云って居る
十五六の時の娘達や男の子のととのわない中ぶらりんの姿をたとえたものである。
私は妙な子で自分の十五六なのを忘れて、十五六、十五六と云って居る。
十五六って云う時ばかりよけいにとしとったようなきもちで見下すように「十五六ですもの、貴方」と云って居る。
いそがしい時なんかに一日二日病気になって見たいと思う事がある、人間にありがちな気まぐれなものずきな心持で……
この頃よく小さい大人を見ることが有る。何だか若い命を短くされたんじゃあないかと人ごとながら可哀そうに思われる。
四十近くなる女の厚化粧と、庇がみのしんの出たのと歯の間にあかのたまって居るのはだれでもいやだと云う。
なんでもつり合わないのは一寸妙なものに思われるに違いない。
ゴチゴチにすみのくずのかたまった筆を見ると人間のミイラを見る時とそんなに違わないほど見せつけられる様なきがする。
スイミツ桃のうす青な水たっぷりの実は、やわらかくてしない赤坊のように思われるが、天津桃の赤黒いデブデブした紫のつゆのたれそうなのは、二十五六のせっぴくのゲラゲラ笑うフトッチョのはのきたない女に似て居る。
○この頃の本の沢山出来る事と云ったらほんとうにマア何と云う事なんだろう。古い雑誌に出版物の統計が出て居たけれども、日本がいちばんたくさんである。そのくせ、そんなにありながら英訳し伊訳して立派な恥かしくないと思われるのは民間の金貨のようだと思われる。
第二日
鶏は女房孝行な内にもどっかつんとしたところがあるけれど、鴨はどこまでもいくじなしで鼻ったらしに見える。
鶏はいつも牝鳥をかばってやって、人がいたずらをするとみの毛をさかだてておっかけるが鴨は置いてきぼりにして夢中になって自分からにげ出してしまう。
梨の果はその育ち工合はなかなか貴とげなきっと人にたっとばれる実になりそうに思われる。ようやく白いあまい形をした花が散って子房がふとり出すと、もう一寸でもさわるとすぐ思いきりよくポロリと落ちてしまう。小さい、見えるか見えないかの小虫がついてもすぐ落ちてしまう。朝と夕方の清らかな露のうるおいとふるいにかけた様な空気とで育って行く様子はピリリッとした権しきのあるかしこい頭をもった女のようだとつくづく思われる。
東京に沢山ある町のその一条毎にその特有のにおいが有る。それも気をつけてかぐ様にしてあるくのが私はすきでわり合に沢山の町の香いを知って居る。
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小石川の宮下町の近所は古い錦の布の虫ばんだ様な香がする。
銀座の竹葉のわきの通りは、だいだいのような香がする。そして混血児を見るような感じがする。
根津の神社のわきの坂は、青っくさいようなモルヒネのような香がする。
巣鴨ステーションの近所はもちのこげたような香がする。そいであすこいらの小家がみんなかびたもちで目に見えない大きなさいばしがそれをあみの上にのせてあっちにやったりこっちにやったりして居るように思われる。
根津のところから西片町にぬける奥井さんの細い通り露路はおばあさんのあたまのあぶらの様な香がする。
林町の裏町の家の間のせまいつきあたりの様な町があるとこは、おせんこくさい様な香がする。それは、そこは小家が沢山ならんで居て大抵そこにおばあさんが
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