毎に私の苦しさは段々と勝って来た。私は「何! 何!」斯う云いながら太い太い溜息をついてヒョット御けいちゃんのかおを見た。
「アッ」私はそう云ったまんま目をつぶらないわけには行かなかった。ガックリとあごのはずれた骨ばかりの顔がお敬ちゃんの胸にくっついて居た。どうしても私はそれが気のかげんだと云ってしまえないほどおびやかされた気持になった。そしてふるえた。いかにもおく病らしい声で斯う云った。
「今おけいちゃんのかおが骨ばっかりに見えた」
「何をマア、だから貴方今日はどうかしてるって云うんだ、その青いひやっこそうな顔はマア」
 思いがけなく今まで思いもよらなかった力づよい様子をして私の肩を叩いて居る。
 私とお敬ちゃんの気持はまるであべこべになって仕舞った。そして、苦しさにみちた私の心は、いまにもはりさけそうになって居る。ひたいがつめたくなって、気が遠くなりそうな気がする。
「そんなに苦しいんならもうゆるしてやるがいいさ」形のないものは私の頭に斯う指図をした。
「家へ帰りましょう、それから思いっきりにぎやかな所へ行きましょう」
 小さい声で云ってつまさきを見たまんま大急ぎで家の沢山ある通りに出た。
 そして、そのシトシトと秋の空気の中にひびいて居る人の足音、潮の様などよめき、そうしたものの中に私達二人はホッとしたように手をかたく握り合って立った。急に私の目から涙がこぼれて来た。それをかくそうともしないで私はお敬ちゃんの手をひっぱって、嵐の様な勢で家にたどりついた。そして私の部屋に二人で馳け込むやいなや、私はたまらなくなっておけいちゃんのひざにつっぷして仕舞った。
 御敬ちゃんは、
「貴方、あんまり何か考えすぎたんだ、キット、だけどもうすんで仕舞った事だから……」
 こんな事を云って私の頭を押えて居て呉れた。私が泣きやんでしまっても、二人は手をにぎりあったまんま、口もきかずにお互の胸の波うちを見つめて居た。

     彼の女

 日向ですかし見るオパアルの様な複雑した輝きと色とをもって居る彼の女は、他人の量り知る事の出来ない程いろんな事を考え、想像する力をもって居た。彼の女は、毎日の暮し方でも気質でも進んで行く方向でも、まるであべこべの事をして居る男でかなり仲の好いのをもって居た。女の心から出るいろんな光りは、男の様子をこの上なくきれいなものにして見せたり、又とないほど腹
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