だやかなうっとりした様な気持のさめないうちに、今の気持をソッとかかえて家に帰ろう、つづけて斯う思った。
そして自分を忘れて細い糸からもれて来る音にたましいをうばわれて居るその人のまっくろな眉を見つめた。
まどから見おろす庭の萩ショッキ[#「萩ショッキ」に二重傍線]がうちきらしくうなだれてこまっかい樫の葉一枚一枚のふちが秋の日に黄金色にかがやいて居る。しずかだ。
二つの心
二つの人間はピッタリと並んで歩いて居る。その後に長く引いて居る影もその間にすきのないほどくっついて居る。
女同志でおない年でおついの着物で――
顔と髪の長さの違うばかりである。
二人は御墓の間を歩いて居る。
かたっ方の心は、
「何と云う御線香のにおいはいいんだろう、そして又この静かさといったら、こうやって歩くのにほんとうにふさわしい」斯う思って居る。「おおいやらしい、こんな所は早く通りすぎちゃわなくっては、あの沢山の墓の並んで居る様子といったら」
も一つ心は斯う思ってるっていう事をだまったまんまでも一つの心が見ぬいて居る。
二つの心のまるではなればなれな事を考えて居ながら、それで居ていかにも仲よさそうにして歩いて居る。こうした気持をもって居る一人は私、も一人はおけいちゃんである。
「私もうこんなとこいやだ、どっかもっとにぎやかなとこへ行かなくっちゃあ」
おけいちゃんはそんな事を云い出した。
「ちっともそんな事はありゃあしない」
私はお敬ちゃんの手をにぎって、細い道を縫って歩いて居る。二人の下駄の音の外には何にもきこえない、一言も口をきかずに手を夢中でにぎりあったまんま、まるで気の狂った様に歩いて行く。
「そんなにいじめずにサ、ネ、別んとこへ行きましょう。私もう我まんが出来ないんだもの」
立ちどまっておけいちゃんはあべこべの方に私の手をひっぱりはじめた。私も一緒にたちどまっておどおどした様な子供子供した御敬ちゃんのかおを見つめる。思わずうす笑いが口のはたに浮ぶ。
「ほんとうになんだか気味が悪い人だこと、それに今日はいつもにもまして変な様子をして」
私の見つめて居るのをさける様にわきを見ながら云って居る、フッと私の心ん中で「今日は私の一番仲の好いこの人をいじめて見よう」こんなむほん気が起った。
「私ここが大好きなんだもの、こんないいところってありゃしない」
「何故
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