のない高笑いをした。
 もう男にすれきった女のする様な大胆な凝視を、男の瞳の中になげ込んで男の心の奥の奥までを見ぬきたい様な、片手でつかまえて片手でつきとばしてやりたい様な気持になった。
「一寸の間しずかに落ついて何にも考えずにおいで、又今夜ねむられなくなってしまうからサ」
 男は不安心らしく小さい声で云って肩を押してまどの日かげに座らせた。女は音なしくされるままになって、よろこんで居ながら反抗する気持やフッと男のやたらにみっともないものに見える事のあるのやを、ふしぎな情ない事の様にも又何となくくすぐったい事の様にも思った。頬杖をついて目を細くしてジーッとして居るのにあきた女は、鼻の方にあくびをもらして男の腋を一寸小突いた。クルリッと見向いた男の目の中に、女はいかにもかけ引きをして居る様な損得ずくらしい様な光りを見つけた様に思って、
「何考えていらっしゃる?」
 いまいましそうな調子にとんがり声で男にきいた。
「何? 人間は考えなければならない様に作られてるんだから何かしら考えてるサ!」
「何を考えろって云う事は出来ない?」
「云ったって云わないだって同じ事じゃないか?」
「だって――まさかお金の勘定もしやしまいしするけど……」
「お金の勘定するのがいやなんかい?」
「外の女よりはきらい、私が自分でお金をとる様になったら部屋中机の中《ナカ》中にまきちらして置いたらと思ってるほどだから……」
「勝手な事を云う人だよ、それで世の中が今渡れたら乞食は居るまいがネ――」
 男は見下す様な気持で、口の先で云った。
「アア、今日はほんとうにすきだらけだったらありゃしない、まるですきあなからお互にのぞき見して居る様だ、またいつかこんなんならない様な日に来ましょうネ……」
「そんな事云わずに世間ばなしでもしておいでネ、一人で居る時には考えてばかり居るんじゃあないか――」
 女はそれには答えずに、
「来る時には随分満ちた気持で居たんだけど、今じゃもうはぬけの様になっちゃったんだもの……」
 やるせない様に云って右の肩を一寸あげた。
「そんなに私をいじめるもんじゃないよ」
と低い声で云う男の口元を見た時、女の心の中には今までの後向になった気持にこっちを向かせるほど力のある一種のうるんだうれしさと悲しさとがこみあげて、のどのところでホッカリとあったかいまあるいかたまりになった。唇をかるく
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