かんで女は男のかおを見入った。大変おだやかなゆとりのあるかおに見えて居て、その両わきにある耳の大きさと鼻の高さが気になって気になって、どうにも斯うにもしようのないほどであった。目の前にあるかおをすぐに両手で抱えて、胸におしつけてしまいそうな気持と何となくものぐさいようなものたりない様な気持がのどの一っかたまりの中でもみ合って女のかおは段々赤く目に涙がにじみ出して来た。
「たまらなくうれしくってたまらなくいやで――もうたまりゃしない――私は帰るサ、変になっちゃったから……」
 ガサガサした声で自分から手をかたくにぎって、女は云いながら立ち上って、着物の上前をおはしょりのところで引っぱった。
「じゃおかえり、今夜は寝られなくなるかも知れないネエ、私もそこまで行こう」
 近頃にないほど感情の妙にたかぶって居る女を、別にとめようともしないで男は一緒に上り口から軽るそうなソフトを一寸のっけて年の割に背のひくい男[#「男」に「(ママ)」の注記]の白い爪先を見ながら、ふところ手をして歩いた。
 二人はおうしにされた様におしだまって、頭の方を先に出してあかるい町の灯をよける様にして写真屋のかどまで来た。
「ここで買物して私はかえるよ」
 男は云いたくない事を無理に云う様な調子に云った。
「そう、家へいらっしゃいな、あの人達もまってるんだから……そうなさいネ」
 女は別に並の女のよくする様なおあいそうのある様子や目つきは一寸もしないであたりまいサと云った様に云った。
「そうさネ……だが今日はよそうよ、用もたまってるし書かなきゃならない事だってあるんだし」
 男は女に気がねする様にしずかに云うのをそっけなく、
「そう、じゃ左様なら、又いつか……」
と云い押[#「押」に「(ママ)」の注記]えてかるく頭を下げて両手をふところに入れて、わき目もふらずに歩き出した女は、ふりっかえらない。でも男が写真屋の店さきに原造[#「原造」に「(ママ)」の注記]の薬を出させながらまつひまに私の後姿を見て居るのだと云う事を知って居た。あかるい町をすぎて、フイと暗い町すじに来た時、女はわけなく自分の傍を見た。そうして今ここに一人ぼっち歩いて居るのは、ほんとうの自分でない様に今までの事を自分でして来た事じゃない様に思った。
「妙なもんサ」
 女の心はなげつけた様にこんな事をささやくと一緒に馬鹿にした様な涙がこぼれ
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